十双遺跡(読み)じつそういせき

日本歴史地名大系 「十双遺跡」の解説

十双遺跡
じつそういせき

[現在地名]築城町広末 十双

城井きい川東岸、標高約三一メートルの扇状地付根にある弥生時代後期を主体とした集落遺跡。昭和六三年(一九八八)の調査で弥生後期の竪穴住居跡三四軒が発見された。なかでも一三号住居跡出土の瓦質鉢形土器は弥生終末期の楽浪系漢式土器で、九州東部では初見である。九号住居跡床面からは幅一一ミリ、厚さ二ミリ、現存長さ五四ミリの延板状銀製品が出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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