日本歴史地名大系 「千安京田村」の解説 千安京田村ちやすきようでんむら 山形県:鶴岡市大山川流域地区千安京田村[現在地名]鶴岡市千安京田面野山(おものやま)村の西、砂丘の東麓浜街道沿いにある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録に知安経田(ちやすきようでん)村とみえ高五八一石余。寛永元年庄内高辻帳では六二五石余。支配領主の変遷は面野山村と同じ。正保郷帳には地安経田村と記され、水損、新田がある。延享二年(一七四五)の村明細帳(千安京田区有文書)によれば反別五五町余、家数一八(百姓一五・水呑三)・人数七六。文政年間(一八一八―三〇)の村明細帳(大滝文書)によれば田五二町七反余・畑一町四反余、新田二六石余、うち田二町三反余・畑一反余、新々田七石余、うち田四反余・畑八反余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by