千徳城跡(読み)せんとくじようあと

日本歴史地名大系 「千徳城跡」の解説

千徳城跡
せんとくじようあと

[現在地名]宮古市千徳

旧千徳町の北に急崖となってそびえ立つ山上にある。北に近内ちかない川、西に神田かんだ沢、南と東に閉伊へい川と、三方を天然水濠で囲まれた要害の地で、城主は河北閉伊氏、のちの千徳氏。中央に標高七八メートルの主郭があり、一段下って副郭が並ぶ。北方に二の郭・三の郭・四の郭が続き、いずれも空堀で切られ、帯郭で結ばれる。また、これらから四方に延びた尾根の先端には、空堀で切られた物見・砦が設けられている。南の砦に祀られていた館神はのちにたて八幡と称して村鎮守となった。築城年代は不詳。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む