千早街道(読み)ちはやかいどう

日本歴史地名大系 「千早街道」の解説

千早街道
ちはやかいどう

南河内地方と大和を結ぶ道で、金剛山南西方の鞍部にあたる千早峠(標高七八〇メートル)を越え、急峻かつ尾根道の部分が多い。千早峠は河内長野市と奈良県五條(ごじよう)市にまたがり五条峠ともいう。

近世には東高野街道から現富田林(とんだばやし)市の喜志(きし)村で分岐し、同市内川面(かわづら)辺りで石川を渡って東岸を南進、石川の支流千早川沿いに北大伴(きたおおとも)村・南大伴村を経て、現河南(かなん)町の寛弘寺(かんこうじ)村・神山(こうやま)村、現千早赤阪村の森屋(もりや)村と千早川筋を通り、東坂(あずまざか)村・千早村より谷奥の千早峠に向かったと考えられる(河南町誌・千早赤阪村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む