千村峒陽(読み)ちむら とうよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「千村峒陽」の解説

千村峒陽 ちむら-とうよう

1807-1891 江戸後期-明治時代の儒者
文化4年生まれ。千村仲雄長男尾張(おわり)名古屋藩士。沢田眉山(びざん),伊藤圭介らにまなび,詩文,蘭学などもおさめた。維新後,木曾姓を称する。弟子に田中芳男ら。明治24年3月18日死去。85歳。名は仲泰。字(あざな)は大来,垤堂。通称は平右衛門,十郎右衛門。著作に「西荘集詠」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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