半済村(読み)はんせいむら

日本歴史地名大系 「半済村」の解説

半済村
はんせいむら

[現在地名]菊川町半済・仲島(なかじま)・朝日(あさひ)

本所(ほんじよ)村の西と南、菊川両岸域に立地。本所とともに庄園にかかわる地名で、半斎・半斉とも書いた。寛永二一年(一六四四)には半斎村の高三八五石余と半斎村新田四七石余は幕府領掛川藩預、半斎村の一二七石余は掛川藩領であったが、正保二年(一六四五)掛川藩預の三八五石余と新田四七石余は横須賀藩領となる(掛川預一万石郷村覚・掛川領三万石郷村高帳)。正保郷帳によると田方五四〇石余・畑方一八四石余、「日損」「新田有」の注記がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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