改訂新版 世界大百科事典 「南マルク共和国」の意味・わかりやすい解説
南マルク共和国 (みなみマルクきょうわこく)
1949年12月にハーグ円卓会議を経て,オランダからインドネシアへの主権委譲が行われ,インドネシアは名実ともに独立した(ハーグ協定)が,その後,親オランダ的な将兵,とくに旧蘭印軍兵士の一部は,スラウェシ島やモルッカ(マルク)諸島のアンボン島で,共和国への編入を拒否して反乱を起こした。このうち,アンボンを中心とする地域は伝統的に植民地軍兵士の主要な出身地であったため,50年4月以来,〈南マルク共和国Republik Maluku Selatan〉の樹立をめざして反中央政府の運動を展開する一方,多数の人々がオランダ本国へ移住した。63年12月に,その指導者スモキルが逮捕・処刑されて,インドネシア国内の反乱は平定されたが,その後,運動の中心は在オランダのアンボン人のグループにひきつがれた。このグループの過激派は,アムステルダムのインドネシア領事館占拠事件(1975年12月)やオランダ北部での列車乗っ取り事件(1977年5月)をひき起こすなど,オランダの深刻な政治問題と社会問題の一因となった。
執筆者:土屋 健治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報