ハーグ協定(読み)ハーグきょうてい

改訂新版 世界大百科事典 「ハーグ協定」の意味・わかりやすい解説

ハーグ協定 (ハーグきょうてい)

1949年8月23日より11月2日までオランダハーグで,国連インドネシア委員会の助力の下,オランダ王国インドネシア共和国,インドネシア連邦構成国を当事者として開催されたハーグ円卓会議において合意され,全当事国の批准のあと12月27日に発効した協定。これによりオランダ王国は,ニューギニアを除くインドネシアの完全主権を無条件かつ最終的にインドネシア連邦共和国委譲し,インドネシア連邦共和国を独立・主権国家として承認した。協定ではまた,(1)オランダ国王を元首とするオランダ・インドネシア連合の創設,(2)オランダ領東インド(インドネシア)法下で適法的に許与され,主権委譲の日になお有効であった商業・企業の権利,許可および免許のインドネシア連邦共和国による承認,(3)オランダ領東インドの負債のインドネシア連邦共和国による引受け,などが決められた。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハーグ協定」の意味・わかりやすい解説

ハーグ協定
ハーグきょうてい
Hague Agreement

1949年 11月2日オランダのハーグで締結されたオランダとインドネシア間の主権の委譲に関する協定。その内容は,(1) 主権委譲憲章,(2) オランダ=インドネシア連合憲章,(3) 国籍,オランダ人官吏およびオランダ陸海空軍の取扱いに関する過渡規定,その他から成っている。この協定により同年 12月 27日インドネシアは4年間の独立戦争ののち正式に独立し,両国は対等な独立国としてオランダ=インドネシア連合を組織し,文化的,経済的に協力することになった。しかし,この協定で未解決のままにされた西イリアン (オランダ領ニューギニア) の帰属をめぐって再びインドネシアの民族運動が高まり,54年同連合は破棄され,協定も 56年に全面的に廃棄された (→西イリアン問題 ) 。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ハーグ協定」の解説

ハーグ協定(ハーグきょうてい)

1949年8月からオランダのハーグで持たれた円卓会議で結ばれ,12月27日発効した諸協定。これにより45年8月17日の独立宣言以来インドネシア共和国がオランダと戦ってきた独立戦争が終結し,オランダはインドネシア共和国を含む16カ国からなるインドネシア連邦共和国に主権を委譲した。翌年,各連邦構成国は共和国に編入され,単一のインドネシア共和国が成立した。

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