南君浦(読み)なぎみうら

日本歴史地名大系 「南君浦」の解説

南君浦
なぎみうら

[現在地名]吉田町南君

宇和島湾の北岸に立地し、西は奥(おく)浦、東は朝川(あさがわ)浦に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇和郡の項に「南君浦 茅山有、日損所」と村名がみえる。「清良記」には天文一五年(一五四六)大友宗麟の将臼杵七郎の手勢が南君を襲ったとの記事があり、「南君」の地名がみえる。「不鳴条」によると、明暦三年(一六五七)宇和島藩より吉田藩三万石分知の際、南君浦は宇和島藩領であったが、寛文元年(一六六一)吉田藩の要望で五ヵ村と交換で八ヵ浦が吉田藩領となった時、当浦も吉田藩領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む