南御坊(読み)みなみごぼう

日本歴史地名大系 「南御坊」の解説

南御坊
みなみごぼう

[現在地名]堺市櫛屋町東四丁

菅原(すがわら)神社の東方、花田口(はなだぐち)筋に位置する。真宗大谷派、本尊阿弥陀如来。昭和四九年(一九七四)まで東本願寺堺別院であったが、現在難波(なんば)別院(現東区)支院となっている。南御坊は本願寺堺別院の北御坊に対する称。

開基は東本願寺初代教如、慶長七年(一六〇二)の開創。前身を深広(しんこう)寺といい、開口(あぐち)神社南の川端(かわばた)町にあった。教如が東本願寺を別立して本願寺が東西両派に分れた時、従来の堺御坊信証(しんしよう)院(北御坊)が西本願寺末となったため、教如は深広寺を東本願寺堺坊舎にあてた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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