本願寺堺別院(読み)ほんがんじさかいべついん

日本歴史地名大系 「本願寺堺別院」の解説

本願寺堺別院
ほんがんじさかいべついん

[現在地名]堺市神明町東三丁

真宗(しんしゆう)寺の北西に隣接。浄土真宗本願寺派、本尊阿弥陀如来。信証院と号し、大谷派堺別院であった南御坊(みなみごぼう)に対し北御坊(きたごぼう)と称する。文明八年(一四七六)真宗寺境内に建てられた信証(しんしよう)院を継承した寺で、同院は真宗寺五世道顕(道見)が本願寺蓮如に落慶法要を依頼したときに住居として献じたものである(→真宗寺)。信証院は蓮如の号でもある。蓮如は信証院に住し、「堺御坊ニテ(略)夜更テ、蝋燭ヲトホサレ、名号ヲアソハサレ候」「堺ノ御坊ニ御座候時(略)御堂ニオヒテ卓ノ上ニ御文ヲオカセラレテ、一人二人乃至五人十人マヒラレ候人々ニ対シ御文ヨマセラレ候」(蓮如上人一期記)というように門徒教化に精を出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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