南方八幡宮(読み)みなみがたはちまんぐう

日本歴史地名大系 「南方八幡宮」の解説

南方八幡宮
みなみがたはちまんぐう

[現在地名]宇部市大字西岐波 山村

西岐波(にしきわ)の丘陵地、山村(やまむら)に鎮座。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・三女神。旧県社。

「注進案」が記す社伝によれば、天平勝宝三年(七五一)厚東武忠の四世白松大夫武綱が宇佐(うさ)八幡宮(現大分県宇佐市)を勧請して東岐波の古尾(ひがしきわのふるお)に社殿を創建したのに始まる。その後天福元年(一二三三)大内弘貞が社殿を南北に分け、北は須川(すがわ)(現山口市)に、南は吉沢(よしざわ)に仮社殿をつくり、建長七年(一二五五)大内弘家のとき北は須田(すだ)(現吉敷郡阿知須町)、南は現社地の山村に社殿を造営遷座し、北方(きたがた)・南方両八幡宮としたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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