大内輝弘(読み)おおうち てるひろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大内輝弘」の解説

大内輝弘 おおうち-てるひろ

?-1569 戦国時代武将
大内政弘の孫。大内高弘の子。豊後(ぶんご)(大分県)の大友宗麟(そうりん)の庇護をうける。大内家の再興をはかって永禄(えいろく)12年大友氏の数千の軍とともに周防(すおう)(山口県)に侵入したが,毛利軍に敗れ,10月25日佐波郡茶臼山自刃(じじん)した。通称は太郎左衛門尉。

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防府市歴史用語集 「大内輝弘」の解説

大内輝弘

 父親大内義興[おおうちよしおき]の弟にあたりますが、父親と大内義興が不仲になり、豊後[ぶんご]の大友[おおとも]氏のところへ亡命していました。大内氏がほろびると、大友氏の力を借りて、山口に攻め込み、大内氏を再興しようとしますが、失敗し、防府の茶臼山[ちゃうすやま]で自害しました。

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