南稲八妻村(読み)みなみいなやづまむら

日本歴史地名大系 「南稲八妻村」の解説

南稲八妻村
みなみいなやづまむら

[現在地名]精華町大字南稲八妻

北稲八間きたいなやづま村の南に位置し、地勢は「三面山ヲ負ヒ東方一帯田野闢ケ土地漸東低シ、又山間ニ窪地アリ纔ニ田圃ヲ開ク、山田川其中央ヲ貫通シ灌漑ノ便ニ供ス、運輸略便、薪足リ炭乏シ」と「京都府地誌」に記される。

村の東北部に丸山まるやま古墳(円墳、高さ約一三メートル、周囲約一五〇メートル)があり、野見宿禰(土師氏の祖)の墳とする伝承がある。中世には稲八間庄として推移する。

享保一四年(一七二九)山城国高八郡村名帳によれば高八五九・一二八石、うち六六石余は新田高、三〇石は山高、淀藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む