南部大膳大夫分国之内諸城破却書立(読み)なんぶだいぜんだゆうぶんこくのうちしよじようはきやくかきたて

日本歴史地名大系 の解説

南部大膳大夫分国之内諸城破却書立(南部領諸城破却書上)
なんぶだいぜんだゆうぶんこくのうちしよじようはきやくかきたて

成立 天正二〇年

解説 天正一八年豊臣秀吉は朱印状を発して、南部信直に「南部内七郡」を安堵した。その条件として領内諸城の破却が命じられ、同二〇年の諸城の存置・破却を示す書上。諸本があるが、本巻で定本とした「内史略」三では四八城のうち存置一七。「篤焉家訓」では存置一四、「内史略」一では存置一二などと、諸本によって存置の数や城名が異なる。今後の検討を要する記録であろう。なお秀吉によって安堵された「南部内七郡」の七郡には諸説あるが、この書上にみえる稗貫・和賀・紫波・岩手・閉伊・糠部・鹿角の七郡が有力視されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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