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糠部 ぬかのぶ

百科事典マイペディアの解説

糠部【ぬかのぶ】

古代律令政府の支配が及ばなかった本州最北部に,平安時代後期ごろから使われた郡名。現岩手県北部から青森県東半部にあたる。郡内には一戸(いちのへ)〜九戸(くのへ)の九つの戸(部)が行政単位として設定され,後世地名として遺存した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぬかのぶ【糠部】

岩手県北部の二戸郡,九戸郡あたりと,下北半島を含む青森県東部一帯の地域の中世の郡名。郡とはいっても古代には見えないもので,平安時代末以後の中世に特有のものである。古代の律令制下の郡は岩手郡(盛岡市のあたり)が北限で,10世紀までには建置されていた。それ以北の地は蝦夷えみし)の居住地で,律令制にもとづく支配の及ばないところであった。糠部は,そのような蝦夷の居住地の汎称であったものが,12世紀にいたって郡として把握されるようになったものであろう。

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世界大百科事典内の糠部の言及

【南部氏】より

…中世の陸奥国糠部(ぬかのぶ)郡(岩手県北部から青森県東部一帯の地域)の豪族,近世の盛岡藩主。新羅三郎源義光の子孫で,甲斐源氏の加賀美遠光の子,南部三郎光行にはじまる。…

【牧】より

…しかし1210年(承元4)10月に諸国の御牧興行のことを守護・地頭に命じ,翌年5月に小笠原御牧の牧士と奉行人三浦義村の代官との喧嘩のことが《吾妻鏡》にみえるので,幕府直轄の牧が設定されていた可能性も考えられる。少なくとも鎌倉時代に,幕府の支配が強く及んだ東北地方で牧が発達し,戦国以降の馬牧の一大中心地となる陸奥国糠部(ぬかのぶ)郡の諸牧の基礎が作られたことは疑いない。糠部郡の七戸御牧の初見は1334年(建武1)であるが,この郡が幕府滅亡とともに北条家領から足利氏に移っていることも重要である。…

※「糠部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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