南陽寺跡(読み)なんようじあと

日本歴史地名大系 「南陽寺跡」の解説

南陽寺跡
なんようじあと

[現在地名]福井市城戸内町 難陽寺

難陽寺なんようじにあった寺院。現存しない。朝倉館の鬼門にもあたり、谷の中央の比高約一五メートルほどの高台に位置するため眺望にも優れ、朝倉氏の客館としても利用されたらしい。永禄一一年(一五六八)三月下旬、一乗いちじよう谷に来住していた足利義昭を招いて終日遊宴が開かれ、糸桜を題にして義昭以下公家一統が歌を詠んだ所としても知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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