南陽寺跡(読み)なんようじあと

日本歴史地名大系 「南陽寺跡」の解説

南陽寺跡
なんようじあと

[現在地名]福井市城戸内町 難陽寺

難陽寺なんようじにあった寺院。現存しない。朝倉館の鬼門にもあたり、谷の中央の比高約一五メートルほどの高台に位置するため眺望にも優れ、朝倉氏の客館としても利用されたらしい。永禄一一年(一五六八)三月下旬、一乗いちじよう谷に来住していた足利義昭を招いて終日遊宴が開かれ、糸桜を題にして義昭以下公家一統が歌を詠んだ所としても知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む