友広村(読み)ともひろむら

日本歴史地名大系 「友広村」の解説

友広村
ともひろむら

[現在地名]日南町中石見(なかいわみ)

大倉(おおくら)山(一一一二メートル)の南麓、北西流する石見川右岸に位置し、対岸に高畑(たかはた)山(七七六メートル)の北麓が迫る。北西は郡家(こおげ)村。正保国絵図にみえる高下(こうげ)(郡家)四ヵ村の一つで、村名由来は是次(これつぎ)村に同じ。元禄一四年(一七〇一)郡家村に合併したが、従来どおり下札を下された(藩史)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高一六四石余。本免は五ツ二分。幕末の六郡郷村生高竈付では生高一八四石余、竈数一八。「伯耆志」では林四六町七反余、家数一八・人数九三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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