…居館を北限に,南方に将士の邸宅や社寺を配置し,商工業者を誘致して城下町を建設した。近世に古府中(上府中)とよばれた地域がこれにあたり,将士の宅址が町名となった横田町,穴山町のほか,元三日町,元連雀町のように〈元〉の字のつく町名は城下の町並みのあった所である。 1582年(天正10)武田氏滅亡後,織田信長の支配を経て徳川家康の領地になると,その南方,一条小山の地に甲府城(舞鶴城)の築城工事がはじめられ,家康の関東移封後は豊臣秀吉の勢力下に置かれて羽柴秀勝のあと,加藤光泰が工事を受けつぎ,次いで甲斐国22万5000石のうちに21万5000石の知行高をもって94年(文禄3)入国した浅野長政・幸長父子によって城郭を完成し,新城下の建設も進められた。…
※「古府中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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