古義真言宗(読み)コギシンゴンシュウ

大辞林 第三版の解説

こぎしんごんしゅう【古義真言宗】

真言宗の一派。覚鑁かくばんが加持身説を説いて根来寺に分立した新義真言宗に対して、従来の教理・本地身説を説くもの。高野山を中心とし、古義八派といわれたが、現在は各派に分裂。古義派。古義。 → 新義真言宗

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

こぎ‐しんごんしゅう【古義真言宗】

〘名〙 真言宗の一派。正応元年(一二八八)、根来寺(ねごろじ)の僧頼瑜が大日如来の加持身説法(かじしんせっぽう)の新義を唱えたのに対して、高野山に従来より伝えられてきた本地身説の古義を主張した覚海、道範らの説、およびそれを奉じる一派をいう。高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)が総本山で、仁和寺、大覚寺を大本山とするが、その末社はおよそ五〇〇〇に及ぶといわれる。古義派。古義。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内の古義真言宗の言及

【新義真言宗】より

…高野山を拠点とする空海以来の真言宗(古義真言宗)に対し,紀州根来(ねごろ)寺に拠った覚鑁(かくばん)を宗祖とする一派。現在は京都智積(ちしやく)院を本山とする真言宗智山派と,奈良県桜井市の長谷寺を本山とする真言宗豊山(ぶざん)派が二大宗派で,根来寺は別に新義真言宗本山を称する。…

【真言宗】より

…さらに1288年(正応1),大伝法院方の頼瑜は高野山金剛峯寺と袂別(べいべつ)し,大伝法院などを根来の地に移し,根来寺として新たな出発を行った。これがのちの〈新義真言宗〉の成立であり,これに対して従来の系統をのちに〈古義真言宗〉と呼ぶようになる。頼瑜は,金剛峯寺の法性,道範らの教主本地身説に対して,教主加持身説を説いた。…

※「古義真言宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

人望

信頼できる人物として、人々から慕い仰がれること。「人望を集める」「人望を失う」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android