朝日日本歴史人物事典 「覚海」の解説
覚海
生年:康治1(1142)
平安末から鎌倉前期の真言宗の僧。密教研究に新時代を画す。醍醐寺の定海,高野山の寛秀に学んだのち,講座を開き多くの俊才を養成。学識,霊能ともに優れ,高野山の密教研究に新風を巻き起こした。建保5(1217)年,金剛峰寺第37世検校。中世期の密教界で大問題とされ,性的修法の是非論や政治上の見解にまで影響した「而二不二」説,つまり宇宙の根本原理は多か一かという論争は覚海に始まる。教化にも熱心で最初期の仮名法語の作者でもある。主著(口述)は『聴海抄』,『覚源抄』。弟子に法性,道範,真弁など。<参考文献>高野山大学「覚海大徳記念号」(『密教研究』10号)
(正木晃)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報