コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

古赤絵 こあかえ

大辞林 第三版の解説

こあかえ【古赤絵】

中国明代の赤絵のうち、景徳鎮民窯で万暦以前のものの総称。下地に染付を用いない。一六世紀前半が最盛期。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

古赤絵
こあかえ

中国製の初期五彩磁器の称。わが国の茶人によって命名されたが、その時期はおそらく明治以降であろう。透明釉(ゆう)の陶胎に赤、緑、黄の3種の絵の具で上絵付した五彩(赤絵は日本での呼称)は、早く12世紀の金(きん)時代に中国の華北の磁州窯系の窯(かま)で創始された。しかしこの種の磁州窯五彩陶は、習慣として古赤絵とはよばない。その後この技法が元(げん)時代になって江南の景徳鎮窯に伝わり、白磁胎五彩がつくられてから明(みん)後期の嘉靖(かせい)・万暦(ばんれき)年間(1522~1619)までの、民窯の五彩磁を古赤絵と称する。元から明前期にかけては五彩はほとんど流行せず、後期になって爆発的に生産量を増やしていった。古赤絵は乳白色の素地を使い、釉下(ゆうか)には染付をまったく移すことのない上絵付物である。明るく澄んだ赤、緑、黄、青の釉彩を使って、民間で好まれる文様を表す。いかにも民窯らしい、屈託のない華やかな絵模様が親しみやすい。[矢部良明]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の古赤絵の言及

【赤絵】より

…その後この技法は華北一帯の民窯,磁州窯系の陶技として改良普及され,明代の初期には当時磁器焼造の中心地であった景徳鎮窯にも導入されたものと見られている。まだ明代初期の赤絵については不明な点が多いが,15世紀には成化の豆彩(とうさい)(闘彩)として現れ,その後は日本で古赤絵と呼ぶ嘉靖期(1522‐66)以前の民窯の赤絵として量産された。続く嘉靖年間は赤絵の全盛期で民窯では金襴手,官窯では白磁や青花磁に五彩を加えたものを中心に,色釉地に色釉文様を加えた雑彩と呼ぶ濃麗な作品も作られた。…

【陶磁器】より

…永楽~宣徳期(1403‐35)には染付の優れた作が多く,元代の力強い絵付とは異なった,整ったすっきりとした作品が多い。弘治・正徳年間(1488‐1521)には黄地染付や黄地緑彩,赤絵などの雑彩磁が生まれ,とりわけ赤絵は景徳鎮民窯で盛んに焼造されて日本や東南アジアに輸出され,日本では〈古赤絵〉として珍重した。成化時代(1465‐87)には紙のように薄い胎の上に赤や緑,青で絵付を行った〈豆彩〉が生まれ,遺品は世界で数十点しかないといわれている。…

※「古赤絵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

古赤絵の関連キーワード永楽和全奥田穎川九谷焼最盛期磁州窯下地染付総称赤絵

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android