可部宿(読み)かべじゆく

日本歴史地名大系 「可部宿」の解説

可部宿
かべじゆく

[現在地名]安佐北区可部町可部

近世、高宮たかみや郡の郡本であった可部町には、広島と石見国・出雲国を結ぶ往還の石見浜田路・雲石路などが集中していた。寛永一〇年(一六三三)幕府の巡見使派遣に先立って、可部町でもわたり町に御茶屋三軒が建てられ、公儀役人や参勤交代大名の宿泊や、藩主休息などにあてられた。しかし寛延四年(一七五一)には解体され、跡地に高田蔵が建てられ、公用通行の本陣町屋が受持った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む