合津村(読み)あいつむら

日本歴史地名大系 「合津村」の解説

合津村
あいつむら

[現在地名]松島町合津

阿(あ)村の西に位置し、太郎丸(たろうまる)岳・千元森(せんげんもり)岳・金比羅(こんぴら)山など巨岩重畳する標高二〇〇メートル級の山に囲まれる。北の沖合に島嶼群が点在し、永浦(ながうら)島にカミノハナ古墳群、樋合(ひあい)島に古墳時代後期の瀬崎(せざき)古墳・梅(うめ)ノ木(き)古墳群がある。合津は一説に「和名抄」記載の郷名「恵家」ノ津が転訛した地名という。

明応一〇年(一五〇一)頃の天草一揆談合覚書(志岐文書)に「大矢野者名代合津方」とみえ、大矢野氏に与力する合津氏の存在が知られる。合津氏の城跡は当時湾入の深奥部にあたっていた合(あい)ノ丸(まる)の丘と推定され、付近の中島(なかのしま)から一三世紀南宋の青磁蓮弁文碗片が出土した。ルイス・フロイス「日本史」によれば大矢野種基には二人の代官がいて、「一人は安芸殿ペイトロと称し、多才な人物で、殿がおられるところに住んでいます。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報