吉備海部赤尾(読み)きびのあまの あかお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉備海部赤尾」の解説

吉備海部赤尾 きびのあまの-あかお

日本書紀」にみえる武人
雄略天皇新羅(しらぎ)征討と技術者の招致を命ぜられ,吉備上道弟君(きびのかみつみちの-おときみ)らと朝鮮の百済(くだら)にわたる。新羅を討たず,任那(みまな)国司の父田狭(たさ)の勧めで帰国をしぶっていた弟君が,その妻樟媛(くすひめ)に殺されたため,迎えにきた日鷹堅磐(ひたかの-かたしわ)とともに,百済の技術者をつれて帰国したという。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む