日本歴史地名大系 「吉河郷」の解説 吉河郷きつかわごう 静岡県:清水市旧有渡郡地区吉川村吉河郷鎌倉期からみえる郷名。巴(ともえ)川中流右岸の現吉川(きつかわ)・長崎(ながさき)付近に比定される。元仁二年(一二二五)正月一日の関東下知状案(吉川家文書)に「木河」とみえ、吉川経光が当地の地頭に補任されているが、この文書は検討の余地がある。仁治三年(一二四二)八月、「東関紀行」の作者が東海道を下り、大内(おおうち)の梶原景時の墓の付近を通過した時、「駿河国きかはといふ所にてうたれにけりときゝしか、さハこゝにて有けるよ」と哀悼の意を表している。康永四年(一三四五)三月一五日吉河郷内の矢部五郎・六郎跡が勲功の賞として吉河経時の遺跡(後嗣)に宛行われた(「将軍足利尊氏下文」吉川家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報