吉河郷(読み)きつかわごう

日本歴史地名大系 「吉河郷」の解説

吉河郷
きつかわごう

鎌倉期からみえる郷名。ともえ川中流右岸の現吉川きつかわ長崎ながさき付近に比定される。元仁二年(一二二五)正月一日の関東下知状案(吉川家文書)に「木河」とみえ、吉川経光が当地の地頭に補任されているが、この文書は検討の余地がある。仁治三年(一二四二)八月、「東関紀行」の作者が東海道を下り、大内おおうち梶原景時の墓の付近を通過した時、「駿河国きかはといふ所にてうたれにけりときゝしか、さハこゝにて有けるよ」と哀悼の意を表している。康永四年(一三四五)三月一五日吉河郷内の矢部五郎・六郎跡が勲功の賞として吉河経時の遺跡(後嗣)に宛行われた(「将軍足利尊氏下文」吉川家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 譜牒余録 大内

3月から 5月頃に発生する雷。寒冷前線の通過時に発生する界雷で,この雷雨はよくひょう(雹)を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目ざめるという理由で「虫出しの雷」...

春雷の用語解説を読む