吉生村(読み)よしうむら

日本歴史地名大系 「吉生村」の解説

吉生村
よしうむら

[現在地名]八郷町吉生

峰寺(みねでら)山の南麓、小倉(おぐら)川上流域に位置する。東は小倉村、南は川又(かわまた)川を隔てて小幡(おばた)村。弘安大田文に北郡として「吉生十一丁七段半」とあり、永享六年(一四三四)の役夫工米大使一志文世安堵状(税所文書)には、

<資料は省略されています>

とある。戦国末期に佐竹氏の支配下に入り、文禄五年(一五九六)の御蔵江納帳(秋田県立図書館蔵)に「高九百一石九斗三升 此内百廿七石九斗六升 荒 よせう」とある。江戸時代は寛文四年(一六六四)以降牛久藩領で、元禄郷帳の村高は一千一一六石余、幕末は牛久藩領分一千一五七石余、観音寺領五石(各村旧高簿)。


吉生村
よしいむら

[現在地名]西区神出町紫合(かんでちようゆうだ)

明石郡北西端に位置し、東は北(きた)村、西は加古郡野谷新(のだにしん)村(現稲美町)。明石藩の開墾策によって江戸時代前期に開発され(明石名勝古事談)、元禄郷帳に村名がみえ、高一二石余。天保郷帳では高三九石余。明石藩領新田組に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む