吉田 初三郎
ヨシダ ハツサブロウ
大正・昭和期の画家
- 生年
- 明治17(1884)年
- 没年
- 昭和30(1955)年
- 出生地
- 京都府京都市
- 経歴
- 友禅図案の工員として奉公した後、洋画家を目指して関西美術院長の鹿子木孟郎に入門。パリ帰りの鹿子木から商業美術を勧められ、鳥瞰図を描き始めたとされる。絵画工房・観光社を経営、観光地図やポスターなどを制作。鳥瞰図の観光地図だけでも1000種類以上を残し、“大正の広重”として知られた。平成11年親交のあった知多自動車創立者の一人・内田佐七宅で観光地図や雑誌「旅と名所」など遺作約200点が見つかる。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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吉田初三郎 よしだ-はつさぶろう
1884-1955 大正-昭和時代の絵地図作者。
明治17年1月2日生まれ。鹿子木孟郎(かのこぎ-たけしろう)に洋画をまなぶ。全国各地をあるき,独特な鳥瞰(ちょうかん)図法によりデフォルメされた彩色の観光案内絵地図を300点以上つくる。「大正の広重」といわれ,「鉄道旅行案内」など書籍の挿図もおおい。昭和30年8月16日死去。71歳。京都出身。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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