吉金村(読み)よしかねむら

日本歴史地名大系 「吉金村」の解説

吉金村
よしかねむら

[現在地名]大沢野町吉野(よしの)

吉野村の内に天正元年(一五七三)銀山が発見され、越中七金山の一つとされた。宝永六年(一七〇九)の新川郡金銀山六ヶ所并長棟鉛山共運上帳(尊経閣文庫)によれば、最盛期の慶長年間(一五九六―一六一五)には年間に運上銀一千枚ほどを上納し、山師たちが多く集まり、家数は一千軒もあったという。文化八年(一八一一)吉野山肝煎清右衛門が藩に報告した吉野山由来書上申帳(越中鉱山雑誌)によれば、寛永年中(一六二四―四四)片掛(かたかけ)村(現細入村)に奉行所があって吉野山を支配し、二人が勤務していたという。


吉金村
よしかねむら

[現在地名]小倉南区徳吉(とくよし)・徳吉南(とくよしみなみ)一―四丁目

徳光(とくみつ)村の西、紫(むらさき)川左岸にある。合馬(おうま)川が流れる。古くは徳光村と一村であったという(企救郡誌)。延宝五年(一六七七)の小倉藩地方知行帳(県史資料五)では吉兼の高一〇三石余が高田知行分。郷村高帳では高一三七石余、うち新田高二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む