日本歴史地名大系 「名手ノ渡」の解説
名手ノ渡
なてのわたし
紀ノ川の北岸、
寛永一〇年(一六三三)古くからあったと思われる横渡し船を恒常的なものにする計画が立てられ、勧進が行われた(「名手渡し舟勧進帳」堀家文書)。これには那賀郡だけでなく、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
紀ノ川の北岸、
寛永一〇年(一六三三)古くからあったと思われる横渡し船を恒常的なものにする計画が立てられ、勧進が行われた(「名手渡し舟勧進帳」堀家文書)。これには那賀郡だけでなく、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...