味ヶ袋(読み)あじがふくろ

日本歴史地名大系 「味ヶ袋」の解説

味ヶ袋
あじがふくろ

[現在地名]小野田町 味ヶ袋

鳴瀬なるせ川南岸、小野田本郷のうちで、東・北・西の三方上野目かみのめに囲まれ、南は鹿原かのはらに接する。もと阿字袋と記したが、いつの頃からか文字を改めたと伝える(安永風土記)。袋の地名は河水が滞留し、取囲まれる地形を意味すると思われる。「封内風土記」成立の明和九年(一七七二)以前に小野田本郷より分離したという。「安永風土記」によれば、田二二貫一六一文・畑六貫一三八文で、蔵入は二貫七四八文、給所は二五貫五五一文、人頭三五人(うち寺一・沽却禿一〇)、家数二六(うち水呑一)、男七五・女六四、馬四三、神社は薬莱やくらい山にある村鎮守の山王権現社など五社で、権現社は延暦年間(七八二―八〇六)坂上田村麻呂が、日吉二十一社のうち山王権現・八幡大神白山権現の三社(三所権現)を勧請したことに始まると伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む