味泥村(読み)みどろむら

日本歴史地名大系 「味泥村」の解説

味泥村
みどろむら

[現在地名]灘区味泥町・都通みやこどおり一―五丁目・船寺通ふなでらどおり五―六丁目・灘南通なだみなみどおり五―六丁目

大石おおいし村の西、西郷にしごう川の河口東岸沖積地に位置し、海に面している。村の北部を山陽道が通る。中世は都賀とが庄内にあり、文安四年(一四四七)頃の夏麦山手注文(天城文書)にはミトロとみえ、奥山手春納としてヒエタとともに合計一〇〇文を負担している。文明元年(一四六九)一一月日の都賀庄寺庵帳(同文書)には味泥と肩書されて妙法泉がみえる。天正一九年(一五九一)一二月一日の若林久大夫分山手指出(同文書)によると、ミとろ村は一五〇文であった。江戸時代の領主の変遷は大石村と同じ。慶長国絵図では街道上にミトロ村と一里塚がみえ、高一三二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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