和田野村(読み)わだのむら

日本歴史地名大系 「和田野村」の解説

和田野村
わだのむら

[現在地名]弥栄町字和田野

溝谷みぞたに村の西方に位置。集落の西に山を負い、東方は竹野川沿いに水田が開ける。

正応元年(一二八八)八月日付の文書(「竹野郡誌」所引の植野家蔵古記録)によれば、当地恒枝つねえだ保といったらしく、椙森すぎもり神社(現春日神社)の箱書にも「長享二年三月十六日竹野郡恒枝保 椙森神社」とある。村内に大永年間(一五二一―二八)和田野大和守が居城したという城跡があり、この頃城主の姓をとって恒枝保を廃し和田野と改めたとの説がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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