弥栄町(読み)やさかちよう

日本歴史地名大系 「弥栄町」の解説

弥栄町
やさかちよう

面積:七九・七六平方キロ

丹後半島の中央に位置し、東は与謝郡伊根いね町・宮津市、南は中郡大宮おおみや町・峰山みねやま町、西は網野あみの町、北は丹後たんご町に接する。山間部で、東部を太鼓たいこ山系が南北に走り、中央を旧野間のま村と旧弥栄村を分つ金剛童子こんごうどうじ(熊野山)山系が北方の依遅いち(丹後町)に続き、金剛童子山山系から西に走る小原おばら山山系が中郡との境となる。北流する竹野川を中心に弥栄町の中心平野が広がり、奥丹後の穀倉地帯となっている。集落は平野部の竹野川沿いや、支流溝谷みぞたに川沿い、太鼓山山系と金剛童子山山系の間隙を流れる川の上流野間川の谷あいに点在する。

交通は丹後町間人たいざから竹野川沿いに中郡峰山町へ抜ける間人街道(現峰山―丹後線)、それと溝谷で交差する網野町から宮津市へ抜ける宮津街道(現網野―岩滝線)がある。


弥栄町
やさかえちよう

[現在地名]根室市緑町みどりちよう常盤町ときわちよう花咲町はなさきちよう松ヶ枝町まつがえちよう・弥栄町・朝日町あさひちよう有磯町ありいそちよう

明治九年(一八七六)から同三三年までの根室郡の町。明治九年七月弥栄町一―四丁目が新たに設置された。緑町の南、緑町と並行する東西通り(弥栄町通)に沿う両側町(「事業報告」第一編など)近世には松前藩官舎があったとされる(根室市街発達史図鑑)。明治二年に開拓使の官立根室病院が設置され、同八年に一一一坪、建築費二千五八五円で新築。同一一年産婆教授科目を定め、同一三年氷室一棟を新築。以来現在まで公立病院が存続している。明治一二年松ヶ枝町にあった獄舎が当町番外地に移築され(「事業報告」第五編)、同一九年根室村に再移転された(状況報文)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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