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善如 ぜんにょ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

善如 ぜんにょ

1333-1389 南北朝時代の僧。
正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年2月2日生まれ。従覚(じゅうかく)の子。浄土真宗。青蓮院(しょうれんいん)でまなぶ。観応(かんのう)2=正平(しょうへい)6年本願寺4世をつぐ。伯父の存覚に依頼し親鸞(しんらん)の徳をたたえた「歎徳文」をつくる。親鸞百回忌をいとなんだ。康応元=元中6年2月29日死去。57歳。京都出身。法名は俊玄。俗名は宗康。著作に「顕教行証文類延書(のべがき)」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

善如

没年:康応1/元中6.2.29(1389.3.27)
生年:正慶2/元弘3.2.2(1333.2.16)
南北朝時代の真宗の僧。本願寺4世。本願寺3世覚如の次男,従覚と梅の子。日野俊光の猶子となり,青蓮院で修学。観応2/正平6(1351)年,19歳で本願寺を継ぐ。延文4/正平14(1359)年には伯父存覚に依頼して,親鸞の遺徳を賛嘆する『嘆徳文』を制作,康安1/正平16(1361)年に親鸞の100回忌を厳修した。また延文2年7月5日付で,北朝が本願寺を勅願寺とする後光厳天皇綸旨がみられ,この時期,天皇に接近することで権威化をはかろうとする本願寺の姿が窺える。<参考文献>存覚『存覚一期記』,『本願寺史』

(草野顕之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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