喜志遺跡(読み)きしいせき

日本歴史地名大系 「喜志遺跡」の解説

喜志遺跡
きしいせき

[現在地名]富田林市木戸山町・喜志町三―四丁目

石川西岸標高約四八メートルの河岸段丘上に位置する。南北五〇〇メートル・東西三〇〇メートルの、弥生時代中期を中心とし、中世に至る複合遺跡。大正年間の調査により存在が知られた。昭和四五年(一九七〇)以降数次にわたる調査により、数多くの竪穴住居跡・溝・焼土壙などの遺構が確認され、弥生式土器・石器(石鏃・石錐・石鎗)・石器未製品などを検出。とくに石器・石器未製品・原石などの出土が顕著で、すぐ近くにある二上にじよう山の豊富な原材を利用して、石器製作が行われていた可能性が指摘される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む