喜田吉右衛門(読み)きた きちえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜田吉右衛門」の解説

喜田吉右衛門 きた-きちえもん

?-1671 江戸時代前期の治水家。
もと尾張(おわり)名古屋藩士。晩年,美濃(みの)(岐阜県)武儀(むぎ)郡関村で農事にしたがう。同村の柴山伊兵衛(いへえ),弟の林幽閑(ゆうかん)とともに,寛文9年長良(ながら)川から取水する曾代(そだい)用水の幹線水路の掘削に成功。さらに工事をつづけたが家産をうしない,寛文11年6月1日病死。名は宗清(むねきよ)。号は涼山(りょうざん)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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