四手藤村(読み)しでとうむら

日本歴史地名大系 「四手藤村」の解説

四手藤村
しでとうむら

[現在地名]土佐山田町繁藤(しげとう)・北滝本(きたたきもと)

甫喜山(ほきやま)村の北西、穴内(あなない)川流域に位置し、南の曾我部川(そがべがわ)村との間にある甫喜ヶ峯や根曳(ねびき)峠を境に地勢・気候などが大きく変化する。産業も林業を中心とし、焼畑耕作による稗・粟・蕎麦などの栽培が多い。長岡郡に属し、肆手任・四手任などとも記すが、明治以降は繁藤と記される。古くは穂岐山(ほきやま)六名の一とされたが、寛文(一六六一―七三)頃にはその一つである北滝本村が当村の小村となり、甫喜山郷の一村とされた。

天正一六年(一五八八)の肆手任地検帳によれば、総地積四町五反二五代三歩。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む