四方原村(読み)しほうはらむら

日本歴史地名大系 「四方原村」の解説

四方原村
しほうはらむら

[現在地名]海南町四方原

大里おおざと村の西に位置し、南部を海部川が東流する。寛永一三年(一六三六)開墾を命じられたとされ(阿波志)、同一四年に「大里村之内四方原」に自国・他国の者に限らず望みしだいに来住する場合は屋敷一ヵ所を給し、諸公事を免じるなどの奨励策を打出している(「定書」野村家文書)。天和二年(一六八二)の蔵入高村付帳に四方原村とみえ、高一四四石余。庄屋野村家の日記書抜(海南町史)には元禄一六年(一七〇三)に米一〇石を拝借、正徳四年(一七一四)逼迫につき銀一貫匁を拝借、享保一二年(一七二七)夫役の免除嘆願、同一七年当村の飢人二〇〇人などのことが記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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