国済寺(読み)こくさいじ

日本歴史地名大系 「国済寺」の解説

国済寺
こくさいじ

[現在地名]深谷市国済寺

国道一七号の北側に位置し、その北を旧中山道が通る。常興山と号し、臨済宗南禅寺派。本尊釈迦如来。康応二年(一三九〇)上杉憲英(法名国済寺殿大宗常興大居士、応永一一年八月没)が峻翁令山を招いて開創した(風土記稿)。憲英は山内上杉氏の祖憲顕の子で、庁鼻和上杉氏の祖となった。寺号は憲英の法名による。開山の峻翁は秩父出身で、了機道人に師事して一六歳で出家して比叡山に登り、諸国を遊学したのち抜隊得勝を終生の師と仰ぎ、康応元年甲斐向嶽こうがく(現山梨県塩山市)住持となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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