日本歴史地名大系 「土肥吉浜村」の解説
土肥吉浜村
どいよしはまむら
南は相模湾、北部は
近世は小田原藩領。寛永初期の小田原領西筋村々高ノ帳によれば村高五九七石余、家数一四六、うち名主二・定夫一・本百姓四六(うち鉄砲四)・こんや二・わき者九五とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
南は相模湾、北部は
近世は小田原藩領。寛永初期の小田原領西筋村々高ノ帳によれば村高五九七石余、家数一四六、うち名主二・定夫一・本百姓四六(うち鉄砲四)・こんや二・わき者九五とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...