坂元玄岡(読み)さかもと げんこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「坂元玄岡」の解説

坂元玄岡 さかもと-げんこう

1773-1858 江戸時代後期の儒者
安永2年生まれ。陸奥(むつ)仙台藩涌谷(わくや)領主伊達氏の家臣。文政5年昌平黌(しょうへいこう)にはいり,柴野栗山(りつざん),尾藤二洲(じしゅう),古賀精里(せいり)にまなび,のち舎長となる。帰郷後,郷学月将館督学をつとめた。安政5年8月6日死去。86歳。本姓木村。名は輔。字(あざな)は子徳。通称は右馬之允。著作に「論語一得」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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