坂手沖尻遺跡(読み)さかておきじりいせき

日本歴史地名大系 「坂手沖尻遺跡」の解説

坂手沖尻遺跡
さかておきじりいせき

[現在地名]阿東町大字徳佐中 坂手沖尻

徳佐(とくさ)盆地の北寄りを流れる阿武川の支流沖田(おきた)川の沖積段丘上に立地し、古墳時代後期を主体とする集落跡と、弥生時代後期から古墳時代にかけての土壙墓である。昭和五〇年(一九七五)発掘調査を行った(「坂手沖尻遺跡・惣の尻遺跡」山口県教育委員会・一九七八年)。

検出された遺構は、竪穴住居跡八基、掘立柱建物跡三棟、土壙三〇基と溝四条である。竪穴住居跡は隅の角な方形と隅丸方形で、一辺三―四メートルの小型の家が多いが、なかに一辺五メートルのものもあり、直径五メートルの円形で周溝を巡らす住居跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む