坂本・観音谷遺跡(読み)さかもと・かんのんだにいせき

日本歴史地名大系 「坂本・観音谷遺跡」の解説

坂本・観音谷遺跡
さかもと・かんのんだにいせき

[現在地名]中町坂本

加古川の支流仕出原しではら川の西岸に位置する。一三―一五世紀代の山岳寺院跡。建物は丘陵の谷部に立地し、標高一四〇―一五八メートルの地点に造られていた。平成二年(一九九〇)・同七年に発掘調査が行われた。谷口部の第一区は北側に急勾配の山を背負い、南および東方向に開ける約一二×二〇メートルの石垣で囲んだ区画が造られている。東西方向に並ぶ礎石七個は二・一―二・二メートルのほぼ等間隔で、大きさは三〇―七〇センチ。うち西端の礎石の大きさは約二〇センチで庇を支える礎石とみられる。北を除く三面に庇をもつ二間×五間の礎石建物と想定されている。第二区は東から西に延びる山裾と、これを挟む二本の谷筋に加工を行っており、四区画に分けられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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