城興寺(読み)じようこうじ

日本歴史地名大系 「城興寺」の解説

城興寺
じようこうじ

[現在地名]南区東九条烏丸町

瑞宝山と号し、真言宗泉涌寺派。本尊千手観音。洛陽三十三ヵ所観音巡りの第二二番札所。この地はもと太政大臣藤原信長の邸宅であったが(拾芥抄)、知足院関白藤原忠実が伝領して寺とした。のちに天台座主最雲法親王が応保二年(一一六二)に死去するに伴い、その弟子であった以仁王が当寺および付属の寺領を領することになるが(山槐記)、治承三年(一一七九)平氏のクーデタによりこの知行権を奪われ、これが以仁王挙兵の一要因となったと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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