堀内貝塚(読み)ほりうちかいづか

日本歴史地名大系 「堀内貝塚」の解説

堀内貝塚
ほりうちかいづか

[現在地名]安城市堀内町 羽開道

開析谷に面した碧海へきかい台地の東の端に位置する。標高は一二メートル、谷との比高は二メートル。出土土器は東海地方縄文晩期中頃の標準土器として、桜井式の名で知られる。貝層の厚さは一〇―一三〇センチ、広がりは崖端に沿って約二〇メートル、奥行約一二メートルの小貝塚。六・五キロ西南西にある東端ひがしばた貝塚は同時期の大型集落跡だが、同貝塚が本村で、この貝塚はその出村とも考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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