塔寺村(読み)とうでらむら

日本歴史地名大系 「塔寺村」の解説

塔寺村
とうでらむら

[現在地名]会津坂下町塔寺

西は丘陵、東部は水田地帯が開け、慶長一六年(一六一一)の会津大地震後は越後街道が通る。東は新館にいだて村、北は見明みみよう村。村名はかつて高寺たかてらが栄えた頃、村内に金をちりばめた壮麗な塔があったため小金塔村といったが、のち塔寺村と改めたという(新編会津風土記)。当地には高寺への本道があり大門があったと伝え、大門だいもんの字名が残る。心清水こころしみず八幡神社および立木たちき観音の門前町として早くから開けていたと思われる。「塔寺長帳」によれば、永正一五年(一五一八)七月七日「町寺中之物とも」と朝立あさだち村山守との間で、入会山をめぐる相論があり、朝立村山守は黒川くろかわ(現会津若松市)へ出訴した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む