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塚本貝助 つかもと かいすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

塚本貝助 つかもと-かいすけ

1828-1897 幕末-明治時代の七宝工。
文政11年11月8日生まれ。同郷の林庄五郎七宝焼をまなび,のち研鑽をかさね大和絵をうつした大皿鉢の七宝に成功した。明治5年ドイツワグネルの注文で1尺5寸(約45cm)の七宝花瓶を製作,オーストリアの博覧会で称賛された。明治30年12月6日死去。70歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。

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世界大百科事典内の塚本貝助の言及

【七宝】より

…現在この付近は七宝町と呼ばれて存在している。梶の出現で七宝工芸は大きく飛躍し,彼の弟子の塚本貝助(1828‐97)は,明治初年来日したドイツ人ワーグナーGottfried Wagner(1830‐92)の指導でその技術を大きく改良させ,さらに東京の濤川惣助(なみかわそうすけ)(1847‐1910)は無線七宝を考案,京都では並河靖之(なみかわやすゆき)(1845‐1927)が日本画風の七宝に特色を出し,名古屋では安藤重兵衛(1876‐1953)らが出て盛況を呈した。【由水 常雄】
[西洋]
 古代における七宝については不明な点が多い。…

【濤川惣助】より

…下総旭町(現,千葉県旭市)に生まれ,若くして江戸へ出て職を転々としたのち,七宝技術を習得した。七宝技術は江戸時代末に,尾張の梶常吉(1803‐83)がオランダ七宝を研究し再興させていたが,濤川は梶に学んだ塚本貝助(1828‐97)を招き,またドイツ人応用化学者G.ワーグナーの助言を得て七宝技術を革新し,世界的評価を得るまでに至った。1879年の第2回内国勧業博覧会で名誉金賞を受けた〈春月栖烏図額〉〈芳野川図花瓶〉は有線七宝によるものであったが,この後,無線七宝を完成させる。…

※「塚本貝助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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