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七宝 しちほう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

七宝
しちほう

仏典中に列挙される7種の宝。7種は必ずしも一定しないが,代表的なものとしては,金,銀,瑠璃,玻璃 (はり。水晶) ,しゃこ (貝) ,珊瑚,瑪瑙 (めのう) 。

七宝
しっぽう

愛知県西部,あま市南西部の旧町域。名古屋市の西郊に位置する。1966年町制。2010年美和町,甚目寺町の 2町と合体してあま市となった。米作を主とするが,北部の遠島と中西部の安松を中心とする七宝焼で全国的に有名。花瓶,皿,カフスボタンネクタイピンなどを生産する。七宝焼は嘉永3(1850)年尾張藩の技芸御雇林庄五郎が始め,「尾張七宝」といわれて農閑期を利用した家内工業として発展した。近年は都市化が進み,住宅地の増加も著しい。

七宝
しっぽう
enamel; émail

七宝焼の略語。英語でエナメルフランス語エマイユ呼ばれる。金属面に加飾しようとする文様の輪郭を金属細線でかたどったり,表面をくぼませたりして,ガラス質の色釉 (エナメル) を詰めて加熱,溶着させたもの。西方では古代メソポタミアや古代エジプトに始ってビザンチン時代に栄え,近代になるに従って衰えた。中国では西周時代に興り,明・清時代に最盛期に達した。日本では古墳時代に始って奈良時代に一時栄えたが,その後中断して桃山時代に復活。江戸時代以降は刀装具,建築装飾金具,置物類などに応用され,幕末~明治年間には花器,ふた物などの器物が量産された。多く海外に輸出され,日本の特産品として有名。

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デジタル大辞泉の解説

しち‐ほう【七宝】

仏教で、7種の宝。無量寿経では瑠璃(るり)玻璃(はり)硨磲(しゃこ)珊瑚(さんご)瑪瑙(めのう)法華経では金・銀・瑪瑙・瑠璃・硨磲・真珠玫瑰(まいかい)。七種(ななくさ)の宝。七珍。しっぽう。
しっぽう(七宝)2

しっ‐ぽう【七宝】

しちほう(七宝)1」に同じ。
七宝焼き」の略。
七宝繋(つな)ぎ」の略。
紋所の名。七宝文を図案化したもの。

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百科事典マイペディアの解説

七宝【しっぽう】

金属にガラス釉(ゆう)を焼き付ける複合工芸。ホウロウともいう。正倉院宝物に唐代の作と推定される〈瑠璃鈿(るりでん)背十二稜鏡〉があり,当時すでに技術が進んでいたらしく,日本にもこれらの技法が奈良時代に伝えられた。
→関連項目あま[市]梶常吉七宝[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

しっぽう【七宝】

七宝焼の略。ホウロウ(琺瑯)ともいい,英語のエナメルenamel,フランス語のエマイユémailにあたる。金属の素地にガラス釉(ゆう)を焼きつけて装飾する工芸。ふつう素地の金属には銅を用いるが,青銅,金,銀,磁器なども用いられる。その素地の上に薄く扁平な金,銀や銅の針金で模様の輪郭線をつくり,シランの根からとった白及糊(しらおいのり)で接着させる。これにガラス釉を施して,1000℃前後で焼くと釉は焼きしまる。

しっぽう【七宝】

仏教の経典に説かれる7種の宝石のこと。〈しちほう〉ともいう。それらの名称は経典によって多少の相違があり,たとえば《法華経》では金,銀,瑠璃(るり),硨磲(しやこ),瑪瑙(めのう),真珠,玫瑰(まいかい)の七つを掲げるが,《大無量寿経》では金,銀,瑠璃,珊瑚(さんご),琥珀(こはく),硨磲,瑪瑙,また《阿弥陀経》では金,銀,瑠璃,玻瓈(はり),硨磲,赤珠(しやくしゆ),瑪瑙,などとなっている。これらの相違は,多くは翻訳時の原語の解釈の相違によるものと考えられる。

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大辞林 第三版の解説

しちほう【七宝】

〘仏〙 七つの宝物。経典によって説が分かれるが、「無量寿経」では、金・銀・瑠璃るり・玻璃はり・硨磲しやこ・瑪瑙めのう・珊瑚さんごをいう。「法華経」では、玻璃・珊瑚を除き真珠・玫瑰まいかいを入れる。七珍。 「恰も極楽浄土の-荘厳の有様も、かくやと覚ゆるばかりなり/太平記 8」 → しっぽう(七宝)

しっぽう【七宝】

〘仏〙 「 しちほう(七宝) 」に同じ。
七宝焼き 」の略。
〔「四方」の転〕 「 七宝繫つなぎ 」に同じ。
家紋の一。七宝繫ぎの一単位をもとに図案化したもの。
生け花の花留めの一。金属での形に作ったもの。

しっぽう【七宝】

愛知県西部、海部あま郡の町。名古屋市西隣に位置し、住宅地化。近郊農業地域。七宝焼で知られる。

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世界大百科事典内の七宝の言及

【七宝[町]】より

…大正年間に始まった桂地区を中心としたエゾマツ,ゴヨウマツ,ヒメリンゴなどの盆栽の生産は有名で,全国各地に出荷される。特産の七宝は江戸末期からの地場産業で町名の由来となった。遠島・安松地区を中心に花瓶,皿,カフスボタンなどを生産する。…

【七宝】より

…しかし,これらの宝石が具体的に何を指すかを含め,不明な点も少なくない。なお,インドの理想的な帝王である転輪聖王がもつとされる七宝は別の伝承であり,金輪(こんりん)宝,白象(びやくぞう)宝,紺馬(こんめ)宝,神珠宝,玉女(ぎよくによ)宝,居士(こじ)宝(大蔵大臣),主兵(しゆびよう)宝(元帥)の七つをいう。【岩松 浅夫】。…

【七宝】より

…七宝焼の略。ホウロウ(琺瑯)ともいい,英語のエナメルenamel,フランス語のエマイユémailにあたる。…

【金属工芸】より

…これに続いて横谷宗珉,土屋安親,奈良利寿(としなが)などの名工が現れた。引手や釘隠には当時流行した七宝流しを用いて,斬新な意匠を施したものが多くみられ,京都の醍醐寺三宝院,桂離宮のものは有名である。ことに桂離宮のものは文字や植物,器物などをかたどって巧妙に意匠されている。…

【ビザンティン美術】より

…古代にモザイクがなかったわけではないが,多くは床に敷きつめられ,材料も大理石その他の石片を用いるのが普通であった。中世に入って壁面装飾にモザイクが用いられ,しかもその材料は七宝(エマイユ)や色ガラスであり,透明体を通して色彩が輝くためひじょうに華麗な効果を発揮し,またその色彩は壁画のそれのように変色したり,いたんだりすることはない。〈永遠の絵画〉と呼ばれたゆえんである。…

【平田道仁】より

…江戸初期の七宝師。美濃国に生まれ,京都に出て装剣金工に従事した。…

【モザン美術】より

… この地方は,すでにカロリング朝末期より芸術の中心地の一つとして栄え,象牙彫,写本画(《フロレッフの聖書》大英博物館)の領域に,優れた作品を生んだ。11~12世紀のロマネスク時代には金工やエマイユ(七宝)が繁栄し,多くの工芸家が輩出する。彼らの均衡にみちた芸術は,次代のゴシック美術の成立に,多大の貢献をした。…

【リモージュ】より

…初代司教聖マルシャルの墓上に9世紀に創設されたサン・マルシャル修道院は,その聖遺物のゆえに重要な巡礼地となり,リモージュはサンチアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路の宿駅をなした。ロマネスク様式の付属教会堂(フランス革命期に破壊)はリムーザン地方の中心的存在であり,11~13世紀には修道院工房から優れたエマイユ(七宝),金属工芸,写本画などが産み出された。特にエマイユでは,クロアゾネ技法に代わってシャンルベ技法を豊麗な色調をもって駆使し,モザン派やライン派と並ぶ大中心地となった。…

【真珠】より

…また《日本書紀》仲哀天皇の条に,神功皇后が竜宮からこれらの珠を得たと述べられている。仏教に浄土信仰が生まれると,極楽浄土は七宝荘厳(しつぽうしようごん),つまり七つの宝で飾られた美しい世界であると説かれ,法華経などには七宝の一つとして真珠が数えられている。古代の真珠として現存し,容易に見られるものでは,奈良三月堂の不空羂索(ふくうけんさく)観音像の白毫(びやくごう)と宝冠に用いられたものや,正倉院,東大寺の遺宝のなかで宝冠,鎮壇具,刀子(とうす)飾,数珠などに用いられたものがある。…

【鎮壇具】より

…奈良時代には,宮殿,官衙,邸宅などの造営に際しても同様な供養が行われている。この時代に行われた供養は《陀羅尼集経》にもとづいたようであり,ここに示された埋納物は金,銀,真珠,珊瑚(さんご),琥珀(こはく),水晶,瑠璃(るり)などの七宝とされている。 平安時代以降,仏教では密教によって供養が行われ,三鈷輪宝(さんこりんぽう)や橛(けつ)などの法具が用いられる。…

※「七宝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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