日本歴史地名大系 「塩塚」の解説 塩塚しおつか 和歌山県:那賀郡桃山町上野村塩塚[現在地名]桃山町最上 塩塚貴志(きし)川と柘榴(ざくろ)川の合流点の北東、市場(いちば)との境界近くにある。「続風土記」には「村の北にあり楠氏の徒塩ノ谷伊勢守を葬りし地といふ(中略)賀和村平野氏蔵る所の応永の旧記に、島田塩塚とある即是なり、今此辺の字を都て塩塚といふ」と記す。塩ノ谷伊勢守は「太平記」にもその名がみえ、南朝方四条中納言隆俊の侍大将として活躍した武将で、延文五年(一三六〇)四月に竜門(りゆうもん)山にこもり、北軍の遊佐勘解由左衛門の兵と戦い、敵勢を追って山を下ったが討死したという(「太平記」巻三四)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by